それにしてもだよ、Aだ、Aだっていくら言っても相手はA'とかA''とかBとかCとか"あ"とか"α"とか"Д"とかそういう風に受け取ってしまうんでガッカリすることも多い。相手の中での解釈が都合の良いものになってしまってこちらの伝えようとしていることと変わってしまっているんだよね。
そもそも自分と他人は違うんだから同じものを見たって認識が違うのは当たり前のようにも思えるけれど、これはこうだ、こうするんだって伝えたいのが伝わらないのは伝達手段としては欠陥だよね。
それでもクドクド言い続ければ次第に伝わるようにはなってくるので同じことを言い続けるってのはそれなりには効果はあるようだ。ともあれどこかでこれはこうなんだっていうのを自分が実感していかない限り本当の理解には至らないんだろう。本当の理解って何かわからんけど。
そんなこともあるので受け取る側にしても受け取って、考えて、また受け取って、ってのを意識した方がいいんだろうね。1回聞いただけじゃふーんで終わるのは間違いないし、いい本は何回読んでも得るのもがあるってのはそういう所にあるんだろう。
それがどうしたって言う話もあるけれど、相手には10%くらいしか伝わらない前提で話したらガッカリすることも少なくなるかなって思ったりしただけなんだけどね。何にせよ伝え続けるってのは情熱っていうほどでもないけれど強い意志の必要なものなんだろうな。